2008年7月21日月曜日

人種差別のとある歴史と今

日系人(ここで、いう日系人というのは、アメリカ人でもある)に対する差別の話がでたので、ついでに、アメリカの人種差別の歴史をちらっと。


私が、アメリカの人種差別について、初めて感じたのは、日本に住んでいる時、近所に住んでいたアメリカ人の白人のおじいさんからだった。

「僕は、LittleRockNineと、同級生だったんだ。」


http://www2.netdoor.com/~takano/civil_rights/civil_06.html

LittleRockNineとは、アメリカの中南部、アーカンソーという州の首都、リトルロックに住んでいた黒人の9人の高校生のことである。

アーカンソーというと、前大統領のクリントン氏の出身で知事だった州である。


前ブログ記事のとおり、黒人も白人も平等に「アメリカン人である」と法的に認められたのは、1964年。

白人と黒人を統合する運動がはじまりつつあった、1957年、白人ばかりの高校に黒人9名が入学することとなる。

1956年のアーカンソー州知事選は、「白人と黒人の生徒を統合した学校をつくらない!」をスローガンの某氏が、知事となったばかりだった。


白人側から、黒人が白人の高校に入学する!と、文句が出、なんと、知事自ら、州の軍隊を高校に設置、黒人が入学しないように、阻止する。


この自体を、重く見た、当時の大統領は、連邦の軍隊を、1,200人、アーカンソーに送る。
送ったときには、すでに、学校が始業してから3週間もたっていたが、なんとか、この黒人生徒9人は、授業を受け始めることができた。

ここがアメリカですね。州の軍隊と、連邦、つまり国の軍隊がある。


そして、連邦軍が去ったあとも、差別を受けながら、高校を卒業するのですが、かなりの勇気だったでしょう。


州の知事が、州軍隊を送って、阻止するような状態だったわけですから。

こんな知事を、選んだこの州の保守さに驚きます。アメリカは、広いですから、州によって本当に違いますね。フロリダ州は、ここまで保守的ではないとは、言われてますが。
(とはいっても、黒人で選挙権を持つ人は少なかったわけですから、当たり前といえば当たり前の選挙結果ってことですね。)


そのおじいさんは、私にその話や、彼からみた同級生たちの話をしてくれて、そして、こう続けました。

「今は、この高校は、黒人ばかりなんだよ。」

「なぜか、わかるかい?」

「公立の当時は、トップクラスの高校だったのに、黒人が入学してきたものだから、白人は、自分たちで私立の高校をつくったんだよ。」

「現在のリトルロックで、白人であれば、必ず、私立の高校にいってるさ。」

「そして、もちろん、白人たちは、郊外に引っ越したんだよ。」

「リトルロックでは、今も、何も、変わっちゃいない。黒人は、公立の学校に行き、白人は、私立の学校に行くことになっただけさ。」



以上は、おじいさんの話ですが、私がグーグルしたところによると、2007年の50周年記念の時点で、その高校の白人と黒人の比率は1:1だそうです。(ってことは、その公立に行っている白人は、ヒスパニック系か!?)

でも、同じ教室の中でも、右側は黒人が、左側は、白人と、くっきり、しっかり、別れて座っているとか。2008年ですよ!世の中は。



いわゆる、ルイジアナ、アラバマ、ジョージアあたりの南部の保守的な州に留学したことがある人は、このような教室の光景は、普通だそうです。


そして、私たち、日本人は、どこに座る!?!?!?

白人と、黒人の真ん中に、らしいです。

でも、どちらかというと、黒人よりに、座るらしいです。

Colored(有色人種)ですからね・・・。私たちは。

だから、戦時に強制収容所に入れられたんです。同じ敵だけど、白人だったドイツ系アメリカ人には、何もしなかったのに。

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